感想:映画『窮鼠はチーズの夢を見る』恭一のクズっぷりは成長があってこそ愛せた

お疲れ様です。

ねむまるあくびです。

 

昨晩、仕事帰りに観てきました。

 

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『窮鼠はチーズの夢を見る』

 

映画館に入る前に、原作絵と並べて飾られたの見たときは興奮しました…ギャラリーの天才…このために仕事がんばった!!!しかもナイトショーで観るのめちゃめちゃ興奮してた。(大人になった感じがしてうれしかった)

 

しかし…

 

※以下ネタバレ有りの感想。

 

 

 

 

結果として、原作を知ってるふじょしオタクから観たこの映画は☆2くらいでした…しょぼん

 

もともと原作のファンで、とても楽しみにてしていた作品です。

大倉くんや成田くんの2人の雰囲気もばっちりだし、今流行りのエモさに合う作風なんだと思います。

個人的には今ヶ瀬の萌え袖とべろちゅー、というかべろの使い方にはスタオベしたいくらい滾りました。拍手!!!!!!!!!!!! 

 

あと二人とも鼻筋が原作と解釈一致です。美しい。

 

 

 

ただ、今回の映画が個人的に残念だと思った理由が、恭一と今ヶ瀬の2人の関係性を示す大事な言葉や行動が抜け落ちてたから、なんですよね…どうしてはしょったというシーンばかり。

 

逆にそのまま原作が採用された台詞もなぜ演出を変えた…?となったところもありました。特に「本当に好きだったなあ…」のアレ…なぜ…なぜ…あの台詞は、ぼそっと呟いてきれいに涙を流す今ヶ瀬の美しさと、もう本当に、本当に終わり、という別れの残酷さが入り交じるぐちゃぐちゃ加減がミソなのに… 

 

加えて言うならタクシーのすったもんだシーンも、完全に振られてる今ヶ瀬があきらめの悪い愛人発言しちゃうのも(たばこの吸い殻を未だ捨てられてない恭一を見てしたたかにワンチャン狙う今ヶ瀬が可愛いのに)、環との別れを決めた恭一の帰りを待つ今ヶ瀬の幸せから地獄に落ちた波のような心情の変化も。

 

ぜんぶぜんぶ!!!!!大切なシーンがない!!!!

 

 

途中で席を立つ人もちらほらいて、気持ちわかります…だってずっとヤってはもめてヤってはもめての繰り返しなんだもん…

恭一の気持ちの変化と愛を知り始める成長の過程をもっと丁寧に描いてほしかった。(ポテチシーンは萌えた。乳首当てゲームはよくわからなかった。ネタなの?)

 

今まで受け身の恋愛しかしてこなかった恭一の一番の変化って、自分から今ヶ瀬を抱きにいった瞬間だと思うんですよ…このシーンはカットされてなくてほんとよかったんですけど…なんか浅いなーと。

 

自分を好きな男にあぐらをかいて気持ちいいようにしてやられていた恭一。「今ヶ瀬が押してくるから…」と言い訳ができていたけど、今ヶ瀬を抱いた瞬間に劇的に変わったと思うんです。今ヶ瀬は男で、踏み入れてはならない領域。そこらへんの女を抱くのとは訳が違う。でも抱く。恭一は「今ヶ瀬」を能動的に好きになっているのだといやでもわかるシーンなのだと思います。

 

この作品リバ表現が受け入れられないという声もちらほら見ますが、リバがこの作品の一番の見どころだと思うんですよーーーーー!!!!!!個人的には恭一×今ヶ瀬ターンが好きです。でも最近は推しカプが二人で愛し合っていればどっちがケツ出してようが許容できるようになってきた。

 

自分が受けになったときに備えて、攻め自身の体に男の体はどこが気持ちいのかを刷り込む受けくん、天才すぎでは…??????リバの可能性無限。

 

まああの原作のコミカルさを映画に取り入れたらちょっと雰囲気がまとまらなくなるのを懸念してもろもろカットしたんかなーとは思いましたが…恭一と今ヶ瀬のあげ足取りのやりとりも好きだったので、そこも残念。

 

 

 

 

最初に原作を読んだときは、何とも言えない喪失感と「???」が頭に浮かんだことを良く覚えています。たぶん読んだの高校生とかだったかなあ。いつ読んだかは覚えてないけど新幹線の中で読んだ記憶があります(よく読んだな)

 

当時のわたしはこの作品のテーマの一つでもある「好きすぎて辛くて溺れるような恋愛」みたいなのがわからなかったのですが、歳を重ねる毎にわかるようになってきました。大人って大変よね…後先考えないことなんて簡単にできないんだもん。

 

今回の映画は、このテーマにおいてはクリアしてたのではないかなと思います。サブタイにもあるしね。

 

流され侍・恭一に振り回される今ヶ瀬。どんなにクズでもそんな彼をどうしても嫌いになれないし、好きが募る一方。(まあ映画の恭一は本当に下半身の赴くままに生きるドクズでしたが笑)

 

そんな今ヶ瀬の愛に当てられて、今まで自分から人を好きになったことがない恭一も愛を知り始める。これが一見、ハッピーエンドじゃん!となりそうなところですが、今ヶ瀬にとっては逆なのが切なさポイント。

 

恭一の今ヶ瀬への愛情が増せば増すほど、いつ自分が捨てられるかわからない恐怖が比例するように襲いかかってくる。

その結果が「あなたじゃダメだ」の言葉なのかなと…うううう…

 

原作だとこのアンサーで「俺じゃダメだなんて二度と言うな」という重要なシーンがあるのですが、これもまたなぜはしょった…別れてくっついての繰り返しはこの作品で一番盛り上がるところだし、その過程が2人の人間臭さを表わすところだと思うんですよーーーー!!!!!!!

 

 

まとめると、総じて足りないし、時に過剰。2時間ちょっとの映画に2冊分の漫画を収めるのは厳しいことだとわかっているけれども。ゲイバーのシーンとかなんだったん…今ヶ瀬を失って落ち込んでる恭一が、ゲイなら誰でもいいのか?と自分を試しに行って、やっぱり今ヶ瀬じゃないとダメなんだと気づく、みたいなのを見せたかったのはわかりますが…雰囲気もあそこまで熊熊しくしなくても…

まあでももうひとつ、ストレートで生きてきた自分の世界と今ヶ瀬が生きてきた世界のギャップに耐え切れない、みたいなものも表したかったなら納得です。(原作だとこれを水槽で表しているのですが)

 

あと環が何かを察して家に泊まらず帰ったあとに、密会する恭一と今ヶ瀬。あれれれれれひとつ前のシーンまで「お前はいらない」とか言ってなかったっけーーー?!?!!!!おい恭一!おまえの下半身!!!!そうだお前に聞いてるんや!!!!!!

 

原作だと偶然にも再開して、ストーカー事件で環が病院にいる間により戻しちゃう二人だけど(今思うと婚約者が病院で痛い思いしてんのに自室でヤってるのもクズすぎだな)、普通に浮気楽しんでるみたいな二人に映ったのが普通に引いた。

 

恭一は環が帰って喜ぶ男じゃない。何が「帰ったぞ」だよ!!!!!!!!くそ!!!!!!!

女のカンはするどいぞ恭一…男も女も関係なく本当に相手を好きなら、好きな人の変化くらいすぐわかっちまうんだぞ…お前の周りの人たちはみんな恭一の変化にすぐ気づいてたじゃないか…ほんとクズすぎ…

 

あと個人的には環ちゃんが大好きなので…いい女やんあの子。病室でのシーンも改変されてたの辛すぎた。恭一さんを半分にしたいのくだり、原作でガチ泣きしたので楽しみにしてたのですが…強い女の子として恭一のクズっぷりをもっと対比してほしかったです。

 

 

 

なんかまとまらなくなってきた…てか書きながら映画の恭一に怒りがこみあげてしまう(これが監督の狙いならあっぱれです)

 

総じてクズは成長がないと愛せないただのクズなんだなと思いました!おしまい!!!

映画だけ観て、後味わり~と思った人にはぜひ漫画を読んで欲しいです。ふつうに話が作り込まれていて面白いし、人物の心情変化も丁寧に言葉にされている。

伏線とか隠喩もちりばめられているし、考察もたぎる漫画です。

あと昨日読み返しててびっくりしたのが、定価400円……出版もとが少コミなので優しいお値段。コンビニ弁当よりも安いやん……お値段以上の名作なのでみんな一食くらい我慢してこの漫画買って。よろしく。

 

感想も読み漁りたいのでぜひ書いてほしいです。

またわたしも解釈変わったらブログにアップします。

 

余談ですがここ最近BLものの映画が多くてシネマイレージ作っちゃいました(笑)

明日はギヴン、来週はエトランゼ観に行きます!

 

のちのち感想もあげていきますね~

今回の記事はディスりが多くなってしまいましたが、コロナで娯楽がない中、こうやって作品に一喜一憂できるのは本当にありがたいですね。感謝です。